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池田文庫の本棚放浪記【第18回】大正の阪急沿線情報誌『山容水態』その1

 2020年、阪急電鉄は開業110周年を迎えます。明治終盤にはじまり、大正、昭和、平成を越え、そして令和と、時代とともに阪急沿線も変化を続けてきました。

 

 そんな沿線の最新情報を知るには、阪急沿線情報誌が便利です。折々のおすすめスポットやイベント情報を教えてくれる冊子で、現在は『TOKK』というタイトルで、阪急電鉄の各駅で配布されています。

 

 行楽のお供にと、何気なく手にとられたことのある方も多いでしょう。しかし、これが将来、沿線の歴史の情報庫になりうることまで想像しながら読む人は少ないかもしれません。

 

 今回ご紹介する『山容水態』は大正時代の阪急沿線情報誌。まさに、草創期の阪急と当時の沿線について、貴重な情報の宝庫となった例です。月刊のレギュラー版ですと、池田文庫では大正2~5(1913~16)年のものを所蔵しています。この頃はまだ宝塚線のみの運行でしたので、載っている情報は宝塚線沿線のものです。

 

 

 この中では、当時の沿線に存在したレジャー施設が紹介されています。

 

 例えば、箕面公園には自然の渓谷を利用してつくられた箕面動物園がありました。

 

 全国中等学校優勝野球大会(後の全国高等学校野球選手権大会)の第一回・二回が行われた場所として知られているのは、豊中グラウンド。『山容水態』では、アメリカの大学野球チームと日本の大学野球チームが戦う日米野球戦など、国際色あるイベントも度々開催されていたことがわかります。

 

 

 宝塚新温泉(後に宝塚ファミリーランド)では、当時から温泉の他にもさまざまな娯楽設備をそなえて温泉客を楽しませました。そのひとつだった室内水泳場は劇場に転用され、宝塚少女歌劇の公演が行われるようになります。→【第17回】~ドンブラコ~

 図書室もありました。これは後に宝塚文芸図書館、池田文庫へと引き継がれていきます。

 

 また、四季折々の自然美でも行楽客をひきつけようと、さかんに宣伝しました。もちろん当時から、箕面公園は景勝地として宝塚線の観光の目玉の一つ。一方で、松茸狩や宝塚の梅の名所・宝梅園など、今の宝塚線では聞かれなくなったレジャーも目につきます。

 

 

 変わらないものと変わったもの。ぜひ、今の沿線、記憶の中の沿線と比べながら読んでみてください。

 

 『山容水態』は複製資料で御覧いただけます。

 

 さて、このように『山容水態』は、電車の乗客となってくれる観光客を増やすため、観光地としての沿線の魅力を発信していました。

 ところが、この雑誌には、もう一つ大きな目的がありました。それは、沿線の住人を増やすこと。そのために、住む場所としての沿線の魅力を発信していたんです…が、今回はこのあたりで。次回に続きます。

 

 

 

(司書H)