阪急文化財団ブログ

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『阪急文化研究年報』第10号刊行しました

学芸員による調査・研究の成果を発表する『阪急文化研究年報』第10号を刊行しました。


内容は以下のとおりです。

仙海義之 「博物館経営に係る経営資源とサービスとの連関」
宮井肖佳 「日本画家・鈴木華邨について -新発見資料「鈴木華邨旧蔵資料」(石川県立歴史博物館蔵)調査を踏まえて-」
正木喜勝 「箕面有馬電気軌道の月刊広告絵葉書と新聞広告 -『山容水態』以前の箕面公会堂・宝塚新温泉を中心に-」
竹田梨紗 「連載(十) 逸翁美術館蔵「芦葉会記」(昭和二十五年)」

閲覧ご希望の方は池田文庫にお越しいただくか、お近くの公共図書館や大学図書館にお尋ねください。

池田文庫の本棚放浪記【第30回】~修復報告・宝塚歌劇ポスター~

 池田文庫の資料の独自分類を紹介するシリーズを一旦中断しまして、今回は修復作業から戻ってきた、一枚の宝塚歌劇公演のポスターについて、ご紹介させていただきたいと思います。

 

 

 このポスターの元の持ち主は内海重典氏。ポスター中に、『ファイン・ロマンス』の作・演出者として名前がみえます。

 内海重典氏(1915-1999)は、『南の哀愁』『ラ・グラナダ』などの作品で知られる、昭和の宝塚歌劇の代表的な演出家の一人。宝塚の外でも、万博やポートピア’81といった大イベントの開会式を手がけたことでも知られた人物です。

 

 ポスターは、長く折りたたまれた状態だったため、折り目部分が特に弱り、触れるのも開くのも恐くてできない状態でした。写真からも、その名残がお分かりになるかと思います。

 修復作業では、和紙による裏打ちと、劣化をくいとめる脱酸処理がほどこされ、みちがえた姿で戻ってきました。

 

 大きさは縦120cmあまり。池田文庫が所蔵するポスターの中でも、かなり大きな部類です。

 その半分ちかくを、タカラジェンヌの晴れやかな笑顔で占めています。明快で迫力ある構図。高く掲げれば、遠くにいる人の視線もひきつけたでしょう。

 デザイナーは、当時東宝で活躍していた土方重巳氏。のちにはNHKで放送され人気を得た人形劇「ブーフーウー」の人形デザインを手がけた人物です。

 

 このポスターで宣伝されている公演は、ある特別な意味をもっていました。

 年の記載はないですが昭和22 (1947)年4月公演、終戦から2年近くになるころです。会場は東京・有楽町にあった、日劇(にちげき)の愛称で親しまれた日本劇場。お詳しい方ですと、これでピンとくるかもしれません。

 実はこちら、終戦後はじめて東京で行われた宝塚歌劇公演のポスターなんです。東京公演は、昭和19年1月以来でしたので、およそ3年ぶりのお目見得。ホームグラウンドの東京宝塚劇場はGHQに接収されていたため、再開公演は日本劇場で行われることになりました。

 宝塚大劇場では1年前からすでに公演が再開していました。その様子を耳にして、宝塚歌劇団の上京を今か今かと待ちわびる人々にとって、このポスターは「東京でもいよいよ!」という、うれしい知らせを届けるものだったんです。

 

 時代背景や、当時の人々の気持ちを想像しながら、このポスターを見ると、ちょっと違って見えてきませんか?

 

 こちらのポスターも撮影を行い、いずれ、阪急文化アーカイブズで公開の予定です。

 

 

 

(司書H)

池田文庫の本棚放浪記【第29回】池田文庫の独自分類 ~宝塚歌劇編 その2・年史グループ~

 はじめる前に、ちょっとだけ前回(第28回)のおさらいです。池田文庫では、宝塚歌劇関連の「図書」に属する資料群を次のように分けています。

 

775-T/A          年史

775-T/C          写真集

775-T/D          脚本をまとめた本

775-T/E           主題歌などをまとめた楽譜本

775-T/F           単行本

775-T/G          原作漫画

 

この大枠の話で、前は終わってしまいました。今回から、いよいよ個々の資料群のご紹介へ入っていきたいと思います。

 

■年史グループ(775-A/A)

 宝塚歌劇団創立○十周年の節目の年に、それまでの歴史をまとめた本が出るのが、恒例となっているのはご存知でしょうか?

 これまでタカラヅカの歴史に言及した本はたくさん出版されてきました。しかしこれは、宝塚歌劇団による宝塚歌劇団の歴史の本。タカラヅカの調べものの定番アイテムの一つです。池田文庫では、あまりに頻繁に参照されるので、グループとして固めて配架しています。

 

 直近のものは、100周年だった2014年に発行された「宝塚歌劇100年史 虹の橋渡りつづけて」。ご覧になったことのある方は多いかもしれません。

 

 

 100年史は、「舞台編」と「人物編」の2冊構成です。

 「舞台編」は、宝塚大劇場、東京公演、バウホール、地方・海外公演等々の舞台記録集、賞歴、年表などを掲載しています。

 「人物編」は、1期生から99期生の生徒紹介に加え、スタッフ紹介、宝塚大劇場公演のポスター一覧、出版物紹介などが載っています。

 情報が見やすく整理され、抜群に使い勝手の良いデータブックです。池田文庫にあっては、タカラヅカの雑誌、公演プログラムなど、「当時の資料」にあたるための索引としても、とても役に立っています。

 

 100余年の歴史の中で出た年史は、もちろんこれだけではありません。

 20周年と40周年、以降は10年ごとに発行されてきました。新しい年史には、最新10年分の情報が加わります。だからといって、古い年史が用済みになるというわけでは、決してありません。「それを調べるには、○年史が便利」「○年史にしか載っていない」ということが、たくさんあるんです。

 

 

 たとえば草創期について調べたいならば、20年を1冊かけて語る20年史が、濃い情報をもっています。

 機関誌「歌劇」が休刊していた戦中期については、40年史や50年史の年表は、貴重な情報源です。

 写真から歴史をたどりたい方には、大きな図版がたくさん載った80年史が読みやすいかもしれません。

 

 ひとくちに年史といっても、それぞれに特色をもっています。

 知りたいことを詳しく載せているのはどれか。調べたいことに便利な形式をとっているのはどれか。古いものから新しいものまで、ぜひ一度手にとってみて、ご自身の調べものに合うものを見つけていただければと思います。

 

(司書H)

池田文庫の本棚放浪記【第28回】池田文庫の独自分類 ~宝塚歌劇編~

 池田文庫の所蔵する資料を調べるのに役立つ蔵書検索

 前回から、キーワードではなく、主題から本を探す方法を紹介しています。ちょっと専門的なお話になりますが、より深く池田文庫の資料を探索したいと思っておられる方の、ご参考になりましたら幸いです。

 

 池田文庫で特に収集に力を入れている「小林一三」「宝塚歌劇」「阪急」に関する本は、池田文庫ならではの独自分類をもとに細分化しているのは、前回ご紹介したとおり。

 今回からは、その中でも「宝塚歌劇」に関する本を、池田文庫ではどう分類しているのかをご紹介したいと思います。

 

 まず、宝塚歌劇関連資料を、大きく次の二つに分けています。

 

① 逐次刊行物

雑誌

公演ごとの発行物(プログラム、脚本集、主題歌集など)

 

② 図書

それ以外の資料

 

 「逐次刊行物」に属する資料がどんなものかは、イメージしやすいのではないでしょうか。

 こちらは、調べたい人物や事柄、演目、劇場、時代などからの検索が調べやすいと思います。池田文庫で作成している雑誌記事索引では、宝塚歌劇団の機関誌「歌劇」「宝塚グラフ」の、どの号にどんな記事が載っているのかも調べることもできます。

 

 問題は②の「図書」に属する資料です。こちらは具体的にどんなものがあるのか、わかりにくいと思います。キーワードがうまくヒットしなければ、本のタイトルの一覧をみて読む本を決めたい。そう思われるかもしれません。そんなときに試していただきたい方法をご紹介します。

 

 

 上は宝塚歌劇関連資料の棚より。これらの本の背ラベルの一段目はすべて「775-T」となっています。

池田文庫では宝塚歌劇関連と分類した資料には、「775-T」という分類記号を付与しているんです。

 

 さて、ここで池田文庫の詳細検索ページへ。分類コード欄のプルダウンメニューから「775-T」~「775-T」を選んで、検索ボタンをクリックすると、池田文庫で宝塚歌劇関連と分類した資料がズラリとでてきます。

 

 「図書」は1600件超と出ます。こちらは今後も増えていきます。数が多くて順に見ていくのは大変です。そこで、もう一段こまかい分類をお伝えします。

宝塚歌劇関連の図書を次のグループにわけています。

 

775-T/A          年史

775-T/C          写真集

775-T/D          脚本をまとめた本

775-T/E           主題歌などをまとめた楽譜本

775-T/F           単行本

775-T/G          原作漫画

 

例えば、年史グループの本の一覧を出したいとき。詳細検索ページの、今度は請求記号の欄に、775-T/A ~775-T/Aと入力してみて下さい。年史グループに属する本の一覧がでてきます。写真集以下の資料群も同様にそれぞれの記号を入力、検索すると、一覧がでてきます。

 ここで、それぞれの資料グループの紹介に入っていきたいところなのですが、今回はこのあたりで。次回につづきます。

 

 

(司書H)

池田文庫の本棚放浪記【第27回】池田文庫の独自分類 ~小林一三編~

 新型コロナウイルス流行のため、昨年より池田文庫は完全閉架式の図書館として運営しております。受付で利用したい資料を指定していただき、司書が出納する方式です。本を手にとって選びたいという方々にはご不便をおかけしておりますが、ご理解のほど、よろしくお願いいたします。

 

 完全閉架式の図書館では、本と利用者をつなぐ蔵書検索(OPAC)は、ますます大きな存在です。

 調べたいことに関するキーワードでの検索は、まず試してみる方法かと思います。しかし、読みたい本が漠然としているとき、キーワードでうまくヒットしないとき、とりあえず開架の、思う本が並んでいそうな棚を見にいってみよう、と思われる方は多いことでしょう。

 

 ところが、完全閉架式ですと、そうした行動に移れません。そんなときにも蔵書検索をさらに活用してみてください。図書館の蔵書検索では主題から探すという方法も設けています。下は池田文庫の蔵書検索の詳細検索ページです。

 

 「分類コード」の欄をクリックするとプルダウンメニューがあらわれます。興味のある主題を選んで、検索ボタンをクリックしますと、池田文庫の蔵書の中で、その主題のもとに分類された本の一覧がでてきます。

 

 

 池田文庫では、蔵書の分類に、日本の図書館でひろく採用されている日本十進分類法をつかっています。

 ただし、特に収集に力を入れ、また閲覧の要望が多いテーマ「小林一三」「宝塚歌劇」「阪急」などには、独自の分類記号を付与し、細分化しています。

 

 下は現在封鎖中の池田文庫の開架より、小林一三関連の本を置いている棚の一部です。

 どの本にも背ラベルが貼ってあります。見えづらいですが、ラベルの上の段には「289-K」とあります。これがその独自の分類記号で、「289-K」は小林一三関連本のグループをあらわしています。

 

下は、その中から2冊。

背ラベルの1段目にはどちらも「289-K」となっていますが、2段目は、左はA、右はBと異なります。AとBの違いは、いったい何でしょうか?

 

答えは、次のとおりです。

…小林一三が書いた本のグループ

…小林一三について書かれた本のグループ

 

 ここで、さきほどの池田文庫の蔵書検索ページへ戻ります。今度使うのは「請求記号」の欄です。

 

① 小林一三関連本・Aグループに属する本の一覧を出したいときは、

289-K/A」~「289-K/A」と入力してください。

 

② 小林一三関連本・Bのグループに属する本の一覧を出したいときは、

289-K/B」~「289-K/B」と入力してください。

 

③ 小林一三関連本「289-K」全体を出したいときは、

289-K」~「289-K」と入力してください。

または先述の分類コード欄のプルダウンメニューから「289-K」を選択してもOKです。

 

 ただし、ほんの少し小林一三について触れている本などは、「289-K」グループではなく、他の主題グループへ分類されていますので、注意も必要です。

 

 阪急や宝塚歌劇の独自分類についても、いずれご紹介したいと思います。

 

 現在逸翁美術館では、池田文庫収蔵のポスターを中心とした展覧会を開催中ですが、ついでに池田文庫へ調べものに、と考えておられる方、ぜひ今回ご紹介した方法なども活用して、本を探してみてください。

 

 

(司書H)

 

池田文庫の本棚放浪記【第26回】~笑い泣き人生~

 朝の連続テレビ小説は、現在、大阪・道頓堀が舞台。主人公たちは、新しい喜劇を目指して奮闘中です。これを機に、日本の喜劇の歴史に注目された方も多いのではないでしょうか。

 

 今回ご紹介するのは、はじめて喜劇なるものを舞台にかけ、喜劇王の名声をほしいままにした曾我廼家五郎の伝記小説、『笑い泣き人生』をご紹介したいと思います。

 著者は、実際に五郎と親交のあった長谷川幸延です。

 

 

 この小説では、さまざまな人との出会いと別れが描かれます。その中でも、出会いが人をつくるということを、とくに強く感じさせるのが、曾我廼家十郎の存在です。

 

 喜劇に身を投じるまで、曾我廼家五郎は中村珊之助という歌舞伎役者でした。

 その珊之助が福井座という一座にいたとき、年長の仲間に中村時代という役者がいました。これが後の曾我廼家十郎です。二人は手を取り合い、新たに喜劇でやっていくという夢をめざします。

 そして明治37(1904)年2月、道頓堀・浪花座で、曾我廼家十郎・五郎一座の旗揚げへとこぎつけます。しかし折悪しく、日露戦争が始まります。号外が飛び交い、芝居見物どころではないという空気のなか、客を呼ぶにはどうするか。知恵をしぼって書き上げたのが『無筆の号外』。これを興行の途中から舞台にかけました。

 洋食屋の開店チラシを、文字の読めない人が号外と勘違いして受け取ったことからはじまる騒動を描いたこの芝居は、時局にマッチしていたこと、皿を次々に割っていくという演出の痛快さが受け、大当たりします。

 

 失敗と成功を繰り返しながら、二人は一座を人気劇団へ育てていきます。小説は、盟友でありながらライバルでもある、二人の複雑な心境をも描きます。

 

 実際に五郎は、十郎の芸風をこう評しています。「一見作意のない、ごく自然のままのようでいて、ふらりと舞台に現われると、もうそれだけでユーモアが舞台にあふれ出て、なんとも言えぬ妙味を漂わせる」。*

 その天才的な芸に、五郎は声をふりしぼったり、身振りを滑稽にしたりと、どぎつい演技で対抗しました。十郎の存在こそが、喜劇王・曾我廼家五郎の芸風を生んだというわけです。小説では、義太夫を習ってわざと声をつぶす、五郎の壮絶なまでの芸への執念が描かれます。

 

 対極の芸をもつ人気者の二人が両輪となって劇団をうごかしていく。理想的な関係にみえますが、芸風の違いは、やがて目指す喜劇の違いとなってあらわれ、袂を分かつことになります。

 相手を気にかけながらも、再び手を組むことはよしとしない。人情と芸の道とのはざまで揺れる五郎の複雑な心情は、この物語の読みどころの一つになっています。

 

 

さて、池田文庫では、曾我廼家五郎に関する上演資料や本人の手による絵や色紙なども所蔵しています。

 上の冊子は過去の展示の際に発行したもので、そのコレクションの一部を紹介しています。曾我廼家五郎の人生に興味をもたれた方には、こちらも、ぜひ手にとっていただきたいと思います。

 

*曾我廼家五郎「喜劇一代男」(「日本の芸談5」(九芸出版 1978年) 所収)

 

(司書H)

 

池田文庫の本棚放浪記【第25回】~愛しのタカラヅカへ~

 寒い日が続きますね。今年の読初めにはどんな本を選びましたか?

 こちらのコーナーの本年最初の一冊は、宝塚歌劇に関する本『愛しのタカラヅカへ』(1984)を選ばせていただきました。

 

 この本の著者・香村菊雄氏は、戦前・戦後に宝塚歌劇団で活躍した脚本・演出家です。香村氏が手がけた宝塚歌劇の作品には、中国の古い物語を下敷きにしたものが多くみられるのが特色です。

 後には、同じく宝塚を拠点にしていた男女混成の劇団、宝塚新芸座の座付作者となり、数多くの作品の脚本や演出の仕事を行いました。

 

 香村氏は、幼い頃から宝塚へ足繁くかよった、宝塚歌劇の熱心なファンでもありました。なんと大正3(1914)年の第一回公演も観たというのですから、最古参のファンの一人ですね。

 幼少期に夢中になったお伽歌劇。青年期に外国映画へ傾いていた心を、ふたたび宝塚へと引きもどした『モン・パリ』(1927)。その『モン・パリ』も色あせて感じたという『パリゼット』(1930)の衝撃。協同演出者として関わった戦後の大ヒット作『虞美人』(1951)のことなど。

 宝塚歌劇を長く見てきた人が語る思い出は、そのまま宝塚歌劇の歩みと重なりますので、読書を楽しみながら、宝塚歌劇の歴史まで学べてしまう本です。

 

 ですが、この本の魅力は、なんといっても年表の行間を埋めてくれるような話、当時を生きた人にしかわからない実体験にもとづく逸話の数々ではないかと思います。

 

 その中で一つご紹介するならば、戦後、接収が解けて宝塚大劇場が返還されてからの復興期のところでしょうか。

 当時は、誰もが物資不足に困っていた時代でした。観客にとって常に目新しい衣装や道具類を用意するのは容易ではありません。

 リフォームしたり、衣装倉庫に眠っている衣装を掘りおこしたり。限りある物資の中で、製作スタッフの創意工夫がありました。

 そして、修繕もままならず、すきま風が入る寒い稽古場で、稽古に励むタカラジェンヌたち。

 悪環境に負けない気概は、ふたたび大劇場で舞台をやれる喜びからも来ていたのではないでしょうか。おとろえない舞台への情熱、たくましさに感銘をうけたエピソードです。

 

 そのほかにも印象深いエピソードがいくつも登場します。

 この本の内容についてもっとくわしくお知りになりたい場合は、コチラに目次を載せていますので、どうぞご参考に。

 

 

(司書H)

阪急文化研究年報第9号を発行しました

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阪急文化研究年報9号_小林一三「甲洲路」「笹子峠の露宿」「お花団子」

学芸員による調査・研究の成果を発表する『阪急文化研究年報』第9号を刊行しました。

内容は以下のとおりです。今号では、小林一三の"未発表原稿”"幻の小説"を掲載しています。

■資料紹介
宮井肖佳 「小林一三未発表原稿「甲洲路」「笹子峠の露宿」の翻刻および解題
正木喜勝 「小林一三作小説「お花団子」とその解題
仙海義之 「連載(五)了 「十巻抄」一〇巻(重要文化財)第九巻・第十巻」
竹田梨紗 「連載(九) 逸翁美術館蔵「芦葉会記」(昭和二十四年)」
■事業報告

閲覧ご希望の方は池田文庫にお越しいただくか、お近くの公共図書館や大学図書館にお尋ねください。

池田文庫は新型コロナウイルス感染症拡大防止策として、ご入館に際して一定の制限を設けております(2020年11月5日現在)。
詳しくは http://www.hankyu-bunka.or.jp/ikedabunko/topics/798/ をご覧ください。

池田文庫の本棚放浪記【第24回】~阪急電車駅めぐり~

 見慣れた景色に変化があると、「あ、変わった!」とお気づきになるかと思います。でも、新しい景色に慣れてくると、前の姿をだんだん思い出せなくなってきませんか。通勤・通学で毎日利用する駅の風景もまた然り。

 昔の駅のことを知りたい、写真を見たい。池田文庫には「阪急沿線の駅」に関するご相談がしばしば寄せられます。そんな時、まず開いてみることをおすすめするのが、今回ご紹介する『阪急電車駅めぐり 空から見た街と駅』(1980-81年)です。今から40年ほど前に阪急電鉄から出た本です。

 

 当時は駅の今昔を紹介する目的とした本でした。ですが、こののち改築や高架化された駅も多く、沿線の地域開発もまた進んでいます。この本の中で最新として紹介されている写真も、現在ではその面影が全くない、という場合が少なくありません。

 でも、昔から沿線の風景を見てきた方々にとっては、はっとしたり郷愁を誘われたりする、なつかしい風景かもしれません。「こんなだったの!?」という大昔の風景と、「そういえば、こんなだったなあ…」という、ちょっと昔の風景を楽しめる本です。

 

 

 さてこの本は、1駅につき1章の構成で、駅と周辺地域の歴史を紹介しています。調べたい駅の情報にすぐにたどり着けるところが、とても便利です。

 廃止された駅についても、その前後駅のところで触れていたりします。3冊なのは、宝塚線、神戸線、京都線の各線につき1巻あるためです。

 

 最も早くに開通した宝塚線の巻は、明治末期の阪急草創期の写真も含みますし、神戸線の巻は、戦前の阪神との競い合いにまつわる話、乗務員・駅員の話なども盛り込まれていて、阪急の発行物ならではの逸話を披露してくれます。

 京都線は、新京阪、京阪、阪急・京阪の合併、分離ののち阪急と、複数の鉄道会社を経てきました。千里線にいたっては、その前身に北大阪電気鉄道も加わります。そのため、資料の散逸をまぬがれなかったのか、資料集めに苦労したようです。でも、その紆余曲折にこそ、歴史の妙味あり。読み応えのある巻になっています。

 

 駅の本には、『阪急ステーション 写真で見る阪急全駅の今・昔』(2001年)という本も阪急から発行されています。こちらは3線を1冊にまとめています。1駅に割くページは少ないですが、『駅めぐり』に出てこなかった写真も掲載されていたりしますので、こちらもぜひチェックしてみてください。

 

 

(司書H)

池田文庫の本棚放浪記【第23回】~日本劇場~

 池田文庫には宝塚歌劇や歌舞伎以外の上演資料も豊富に所蔵しており、現在もその整理作業をすすめています。


 先だって、東京にあった日本劇場(通称:日劇)の上演プログラムの整理作業を終え、池田文庫の蔵書検索で検索できるようになりました。そのご報告がてら、今回は日本劇場に関する資料をご紹介したいと思います。

 

 日劇は昭和8(1933)年の暮れ、東京・有楽町に開場します。”陸の竜宮”のキャッチ・フレーズで、3階席まで観客を収容できる大劇場でした。しかし経営難から、程なくして東宝(当時・東京宝塚劇場)の傘下となります。

 

開場式プログラム(逸翁文庫より)

 


 日劇は、映画とともにさまざま舞台パフォーマンスを上演する劇場でした。そのパフォーマーとして活躍したのが、日劇ダンシング・チーム。男女混成の舞踊団です。


 初公演の昭和11(1936)年の1月から昭和56年(1981)年2月に日劇が閉館するまで、40年以上にわたり、日劇の舞台を彩りました。

 

 この日劇ダンシング・チームをつくり、その育成に情熱をそそいだ人物がいます。秦豊吉(1892-1956)です。この人物は異色の経歴の持ち主でした。東宝に入社し、はじめて演劇事業の世界に飛び込んだのが41歳。それまでは商社マンでした。


 一方で、ドイツ文学・演劇に造詣が深く、文筆業でも精力的に活動しました。翻訳や随筆を多くのこしています。商社マンとしてドイツに駐在していた期間には、現地で存分に文学・演劇に触れ、その見識にますます磨きをかけました。


 そこからの演劇事業への転身。紆余曲折を経てきたようにも、通るべき道をずんずん歩んできたようにも見えます。

 この多才でパワフルな人物に着目し、その足跡を追った『行動する異端 秦豊吉と丸木砂土』(森彰英著)という本が出ています。また、秦豊吉の遺稿集『日劇ショウと帝劇ミュージカルスまで』では、本人による文章で当時の日劇の様子を知ることができます。

 日劇ダンシング・チームのステージの様子や、「熱した鉄板の上に素足で立っている心持」と表した、時間に追われるなかの鬼気迫る稽古場風景なども語られています。興味をもたれた方は、ぜひご覧になってみてください。

 

 秦豊吉は戦中まで日劇ダンシング・チームを率いました。上演してきたもののなかに、民族舞踊を題材とした一連のショーがあります。これらのショーをつくるために、現地へスタッフが派遣され、取材が行われました。派遣先は日本国内にとどまらず、アジア圏にもおよんでいます。

 そのスタッフの中に、渡辺武雄という人物がいました。台湾へ取材に行き、その成果をもとに、『燃ゆる大地・台湾(山の巻)』という作品を手がけています。

 渡辺氏は、のちに宝塚歌劇団の演出家、そして宝塚歌劇団の郷土芸能研究会の中心的なメンバーになります。郷土芸能研究会は、日本各地の民俗芸能を取材し、その成果を舞台化しました。渡辺氏は、日劇でのこの経験が、「宝塚で民俗舞踊シリーズの作品に取り組む原動力となった」*と語っています。

 郷土芸能研究会が収集した民俗芸能資料は、現在、池田文庫が所蔵しています。この膨大なコレクションの種は、日劇で蒔かれていたと言っていいのかもしれません。

 

*池田文庫編『宝塚歌劇における民俗芸能と渡辺武雄』p146

 

 

(司書H)