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阪急電鉄関連資料

阪急電鉄の歴史は、明治43(1910)年開業の箕面有馬電気軌道株式会社から始まります。池田文庫はポスターや広報誌など、100年を超える企業の歴史を伝える資料を所蔵し、企業図書館としても機能しています。

創業者である小林一三は、鉄道事業を基盤に沿線の住宅開発、レジャー施設や百貨店の経営、多彩な文化事業など、幅広く関連事業を起こし、今日の私鉄多角経営のビジネスモデルを作りました。当文庫では、発展の系譜につらなるさまざまな事業分野の企業資料を所蔵しています。


創業時

設立当時、箕面有馬電気軌道(現在の阪急電鉄)を実現するため、明治41(1908)年に日本で最初の企業広報誌「最も有望なる電車」を出版しました。

大正初期には企業活動や住宅開発などのPR誌『山容水態』や『阪神毎朝新聞』が発行され、これらの一部は経済産業省の近代化産業遺産に認定されています。

写真:宝塚文芸図書館時代に集められた貴重書

鉄道事業

阪急電鉄は、明治から平成にかけて大阪・京都・神戸の3都市を結ぶ高速都市間鉄道に発展しました。当文庫では、阪急電鉄のそれぞれの時代を伝えるポスター類、鉄道資料などを所蔵しています。

写真:宝塚文芸図書館時代に集められた貴重書

旅客誘致と文化事業

阪急電鉄は旅客誘致を目的に沿線の観光開発に努め、季節ごとの誘致案内ポスター、車内吊り広告やチラシを作成しました。同時に子どもや家族をターゲットにした行楽施設も開設。それが、箕面動物園、宝塚ファミリーランド、宝塚大劇場、西宮球場です。

小林一三は「文化は儲からない」という通念から脱し、宝塚歌劇、映画演劇の公演事業を成功させて、独自の企業文化を育てました。

都市の開発とターミナル百貨店

小林一三は沿線の住宅開発を進めると同時に、住民に対して新しい生活スタイルを提案しました。昭和4(1929)年には、梅田駅に日本初のターミナルデパート・阪急百貨店を開業。館内の大食堂は洋食を手頃な値段で提供したことで人気を博し、洋風文化を市民へ広げていきました。

さらに、梅田には多くの劇場を設立。関連企業とともに、都市の開発を進めました。

写真:宝塚文芸図書館時代に集められた貴重書